人生の中で数えるほどしか経験しない葬儀を出す側になるということ

日々当たり前に経験していることは、毎日の行動の積み重ねによって、深く考えたり、わざわざ新規に情報を集めたりしなくても行動に移すことが可能です。しかし、人間が生きていく以上、そこには慣れ親しんだ物事ばかりではなく、自分にとって当たり前でない行為、つまりは慣れない行為も多数存在しています。これは、葬儀というものに関しても同じことが言えます。人生経験が豊富なお年寄りなどの場合、これまでの人生の中で大抵の行為は経験してきているものですが、自らが仕切る立場となって葬儀を出すことに慣れている人は少ないものです。

無論、長い人生経験の中で葬儀に参列した経験は多少なりともあるはずです。しかし、自分が参列者のひとりとして参加する葬儀と、自分が仕切る形で葬儀を出す側では、必要になる知識が全く違います。参列するだけであれば、ある程度のマナーなどを把握していればいいわけですが、出す側になった際には、あらゆることを決めていく作業などがあります。そのため、やはり人生経験が豊富な方であっても、例えば70歳や80歳を超えてから初めて葬儀を出す立場になるというケースも多いです。経験がないからこそ、このような年代の方々であっても戸惑ってしまうことが多々あります。

高齢者であってもこうした状況ですから、若い世代の方々になればさらに何も分からないものです。しかし、仮に自分がこうした状況になったとしても、自分が悪いわけではありません。どんな人でも、葬儀を出す経験を多数積み重ねてきている人などはいないので、戸惑うという状況こそが当然とも言えます。だからこそ、自分を責めずに淡々と準備を進めていくことだけを考えればいいのです。

そもそも、葬儀を出す経験が豊富ということはあまり良いことではありません。それだけ身内の方々にたくさん不幸があったということですから、自分に経験値がないことは幸せな人生を歩んでこられた証とも言えます。だからこそ、決して後ろ向きに考えることなく、分からない中で準備を進めていきましょう。葬儀業者がしっかりと遺族のサポートを行なってくれますし、葬儀の内容や進行はもちろんですが、それ以外のことに関しても的確なアドバイスをしてくれる強い味方になってくれます。こうした存在もあるわけですから、自分で全てを抱え込んで悩むことをやめて、故人のために葬儀をしっかり進めていくことだけを考えましょう。